どうも、平凡家庭の大黒柱、最強の凡夫です。
世の中ではコロナウイルスの騒ぎもひと段落ついた感じの所ですが、今さらですが最近私はコロナウイルスに初感染しました。
その間は家族に感染をさせないために4日間、二階の部屋にこもって過ごし、その中でいろいろと感じることがありました。
今回の記事では家族と隔離し家の事を何もせずに4日間過ごして感じたことをお話いたします。
(4日間何もせずと言っても、3日目から最低限、自分の衣服の洗濯はしました。)
投資家としての成長
我が家は投資の方針としてメインをオルカンの定期積立にしており、それにより「投資について考えることを放棄する」ということをキーワードに掲げています。
私は今回コロナ感染により平日に火、水、木、金と4日間会社を休んだのですが、その4日間のうち1度たりとも株価をチェックしませんでした。(胸はって言うことじゃないだろっ!ってツッコまれそうですが)
以前の私であれば平日4日間も休みであればここぞとばかりにパソコンやスマホの画面にしがみついて株価ばかりチェックしていたと思います。
しかし、素人がそんなことをしても無駄であることを学んだ今の私は、投資の部分は定期積立しているインデックスファンドに任せて、私自身は私にとってより有益な時間である趣味のブログ運営やYouTube等によるインプットの時間に充てることができました。
平日4日間も休みがあって1度も株価を見なかったって、それって投資家として成長っていうよりむしろ退化じゃないの?もはや投資家じゃないじゃん!っていう意見もあると思います。
それに関してはもはやベクトルの違いですね。
私としては以前はやろうとしてもできなかった事ができるようになったので成長だと考えています。
「そんなんだからインデックス投資家は投資家を名乗るな!って言われるんだよ」というツッコみが入りそうですが、それに関しては全く否定はしませんし、むしろどうでも良いです。
私としては限りある人生、無駄なことに使う時間はできる限り減らし、より自分にとって有益なことに時間を使いたい。ただそれだけです。
あ、別に個別株をやることを否定しているわけではないですよ。
ベクトルの違いです。
個別株をやること自体が楽しくてそれが趣味なのだ!というのであれば、それは有益な時間の使い方です。
ただ、個別株をやることは楽しくは無いのだが頑張っている、とか、個別株を皆がやっているから私もやっている、という感じなのであれば、もう少しやり方を考え直して自分のやりたいことに時間を使った方が人生楽しいんじゃないかなぁ、とは思います。
何かあった時に気兼ねなく休める職場は最高
私が以前に勤めていた小売業の仕事の場合、たとえインフルエンザになったとしても会社で規定の日数を休めないこともありました。「そんなことあるの?」と疑われそうですが、普通にあります。というか私が働いていた時はありました。
私は今は気兼ねなく休める工場勤務なのですが、もし大学を卒業後からずっと工場勤務をしていたとしたらインフルエンザでも休めない世界なんて想像できないでしょう。
まぁ、店を運営していて自分の代わりがいなくて店が回らないんなら自分が出る以外に方法が無いですよね。
もし、休んだとしてもインフルエンザで体がしんどい中、メールで指示を出したり、逆に電話がかかって来たり。
本当に「社畜」とはよく言ったもんですよね。
そんな業界を生き抜いてきた私だからこそ「何かあった時に気兼ねなく休める」というそんな当たり前のことにも、すごく価値を感じることができます。
そういった「当たり前のこと」の価値が理解できない人ほど「給料が低い」とか「他人の愚痴」とか職場のデメリットの部分にしか目が行っていないように思います。
社畜生まれ馬車馬育ちの私は面構えが違います!
ブログをやっていて良かった
私は2023年の10月からブログを始めたのですが、今回4日間ずっと部屋にこもる生活をして、「本当にブログをやっていて良かった」と感じました。
4日間の私はずっとブログ記事を書いたり、記事を書くための調べ物をしたり、写メをまとめたりして、何だかんだ忙しく、むしろ4日では足りないくらいで何だかんだですごく充実した時間を過ごせました。
もし、私がブログをやっていなかったら4日間ずっとYouTubeをダラダラ見たり、適当にネットサーフィンして何の気付きも成長も無いまま終了していたと思います。考えただけでもゾッとします。
スポーツや食べ歩きなどの趣味と違ってブログはパソコンさえあればできる趣味なので本当に良い趣味だと思います。(もちろんスポーツや食べ歩きも良いんですけどね)
仮想 定年後の昭和男の体験をした
最後に、4日間部屋にこもる生活をして感じたことは
「定年後の昭和男」の体験をしたということですね。
なかなか貴重な体験でしたね。
1日目はさすがに熱が下がりきっておらずグロッキー状態でしたが、2日目からは普通に生活はできるくらいの体調にはなっているんですよ。でも家族に感染させてはダメなので部屋にこもっていたわけですが、
何にも家事をしないのにご飯は食べるという、あの心苦しさったらないですね(笑)
何にもしてなくてもお腹は減るんですよこれがまた。
(ブログ記事書いたりしてるから頭は使っているんですけどね、家族としては知ったこっちゃないですよね)
おそらく仕事一筋系の典型的な昭和男の人も定年後はそういう心苦しさは感じているのではないかなと思います。
でも、それまでの人生、仕事一筋で突っ走ってきたものだから引くに引けないというか、自分を否定する事にもなるので、定年後も頑固を貫いているんじゃないかなって思います。
とか言いながら、心苦しさすら感じてなかったらちょっとヤバいですね(笑)
今まで仕事一筋で頑張ってきた自分をないがしろにする家族がおかしい、とか思ってたら目も当てられない。
自分もドラッグストアに勤めていた時代は社畜生活を送っていたわけですが、そのまま転職せずに定年を迎えていたら、典型的な昭和男のような思考になっていた可能性があります。というかなっているでしょう。
30代後半の比較的早い段階で自分の人生を大切にすることの重要性に気づくことができて本当に良かったと思います。
自分の人生を大切にすることの重要性に気づくためのひとつのポイントは「プライドを捨てること」だと思います。
社畜時代は馬車馬のように働くことにより社内での自分の存在を少しでも大きくしたいということに拘っていました。
その後に転職をして、いわゆる工場勤務になり年収も落ちたのですが、出世欲などのプライドを持っていた時の自分であれば「給料が低いという愚痴」や「職場や気に入らない同僚の愚痴」などのネガティブな部分にばっかり目が行っていたと思います。そしてそんな工場勤務という現状に後ろめたさを感じ世間からの目も気にして「工場勤務をしている自分は恥ずかしい」と考えただろうと思います。
しかし、投資やポイ活、そしてブログ運営など自分のやりたいことをやりだすと人生の時間はとても貴重だとわかってきました。
そんな貴重な時間をちっぽけな職場での立ち位置などのプライドの為に使う必要は無駄なことだ。ということに気づきプライドを捨て去った今は職場の「定時であがれること」や「気兼ねなく有休をとれること」などのポジティブな面ばかりに目が行き、今は工場勤務をしている自分の選択肢はとても良い選択だと思っています。
まとめ
コロナ感染により隔離生活をしていろいろなことを感じましたが、中でも印象に残ったのは「仮想 定年後の昭和男の心苦しさ」ですね。(笑)
私自身、将来そうならないように今の内から打ち込める趣味を探求したり、家事の幅を広げたりなど、老後に備えた準備をしていきたいと思います。
最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました。
では、また。