どうも、平凡家庭の大黒柱こと最強の凡夫です。
さて、私は先日[投資を始めるのはやっぱりハードルが高い]という記事を書きましたが、
皆様は投資をしていますか?また、投資をしている場合は始めたきっかけは何ですか?
銀行の預金口座は、おそらく資産形成の事を何も考えずに生きている人でもほとんどの人が持っていると思います。でも証券口座を開設して投資をしている人はそんなに多くはないですよね。
私の経験上なんとな~くボ~と生きていると証券口座を開設して投資をするという人生においての選択肢は出てこないと思います。ボ~と生きていても銀行の預金口座は何故か、なんとな~く作るんですけどね。
そのため現在投資をしている人は、何かしらのきっかけや考えがあると思います。
私はさまざまな小さなきっかけが少しずつ、つながっていき、最終的に大きな問題に直面し、投資を本格的に始めました。
そんな私の投資に出会うまでのエピソードを年代別に分けてお話させていただきます。
20代 社畜時代
私は地方のいわゆるFラン大学を卒業後、2005年に小売業界のドラッグストアの企業に就職します。
当時の小売業界はというとブラック全盛期で長時間労働、サービス残業が当たり前の環境でした。
そんな環境の中で私も例に漏れず着実に仕事優先の社畜戦士に育っていきます。
主な実績は
- 入社2年目 優秀従業員の社内表彰を獲得
- 入社4年目 店長就任 100店舗以上ある内の売上が5本の指に入る店舗
- 入社4年目 当時のドミナントエリア内での初の単月経常利益黒字を達成
- 入社5年目 新店の立ち上げ店長を任される
- 入社8年目 エリアの売上1番店舗の全面改装による新装オープン店長を任される
など、それなりに会社には貢献したと考えています。
もちろん仕事内容や人間関係などで苦労や挫折を味わいながらも着実に社畜戦士としての実績を積んでいきました。
その時の私はと言いますと、「仕事は好きか?」と言われると決して好きでは無いんですよね。でも、自分の適性のあることではあるし、そもそも、それ以外に生きる術も無いし、ということでガムシャラに突っ走っていたように思います。
もともと打ち込める趣味も持っていなく、何かしらのコミュニティに属しているわけでもない私にとって仕事のみが自分を表現できる物であり、自分の存在意義を感じられると共に示すことができる物でした。
そんな私の自己表現は社内の中でも尖ったものになっていきました。
2010年頃にはブラック色の強かったドラッグストア業界の中でも一定数、ワークライフバランスを意識する層が現れ始めました。
その頃には店長でも、ある程度定時上がりをしたり有休をとる人もチラホラと見かけるようになりました。私が社会人になったばかりの2000年代初頭だと、店長がそんなことをすれば確実に村八分の四面楚歌状態でした(笑)
そんなある程度ブラック色が和らいできた時代においても私は長時間労働、休日返上の職人魂(?)を貫いていいました。
そんな前時代的職人魂の中にも私は一つのポリシーを持っていました。
そのポリシーとは、
「店のため、売上のために店長がサービス残業をするのは自由。ただし、それを部下には強要しない。基本部下は定時であがらせる!」 です。
私自身は店長も一般社員も全員で無茶をする時代を生きて来て、当然私自身は一般社員時代にもバリバリにサービス残業をしていました。
しかし、もともと一人で抱え込む性格の私は、そんな自分の中の正義のせいで更に自分自身を追い込んでいく形になりました。
意外とこういう尖った人材っていうのは相当うまく社内を立ち回らないと評価されないんですよね。
まぁ、人事考課などで最低限の評価は受けていたと思いますが、
あくまでも会社からは
「利用はされるが、評価はされていない」
と今となっては感じます。(まぁ当時も感じていたかなぁ)
ここまでくると立派なエリート社畜ですね(笑)
社畜時代の自分の思考と行動
そんな社畜エリート時代の自分は日々何を考えて生きていたかと言いますと、
仕事以外の事に関しては
「基本、興味ない」
です。(笑)
まるでスラムダンクの流川君のようですね。(あんなにカッコよければいいですが)
この時代の私の趣味はと言いますと、それは…
「昼寝」
です。ここまで来たらマジで流川君ですね(笑)
これ嘘かと思いますよね?昼寝が趣味なんて人、マンガの世界以外にいるの?って感じですよね。
当時の私は本気で昼寝が趣味でした。
他にやることもないですし、長時間労働で心身ともに疲れているので、休日の昼寝が本当に気持ち良いんですよ。
あの目覚めた時の「あぁ、まだ仕事に行かなくてもいいんだぁ!今日は休みだもん♪」ていうのが最高に幸せなんですよね。
ちなみに当時の私の休日のタイムスケジュールはこんな感じです
- 12時 起床
- 13時 昼食(必ず外食 ラーメン等)
- 14時 YouTubeでどうでもよい動画をダラダラ視聴
- 15時 昼寝 15時~18時位までベットでしっかり寝ます
- 19時 夕食(必ず外食 ラーメン等)
- 24時 ダラダラとテレビを見たりYouTubeを見た後、24時頃就寝します
嘘だと思われるかもしれませんが、本当の話です(笑)
下手したら無職の人の方がよっぽどしっかりとした生活してますよね(笑)
投資とのファーストコンタクト
そんな社畜時代の私に初めて投資というものが目の前に現れる出来事がありました。
2012年に当時勤めていたドラッグストアの企業の年金制度が確定給付企業年金から企業型確定拠出年金に制度が変更されたんです。
これが私が初めて投資と接点を持ったタイミングです。
しかしながら、当時は投資の知識も全くありませんので、それが「投資」であるという認識すらありませんでしたね。
「会社がそういう良く分からない制度に変わった」ぐらいにしか理解していませんでした。
制度が始まる前に研修施設に社員を集めて説明会がありました。
野村證券での企業型DCを使うので野村證券の講師の方が来て説明がありましたが、何を言っているのかサッパリでした。おそらくその場にいたほとんどの人がそうだったのでしょう。
その研修を取りまとめていた総務担当の人でも、その説明会を受けたうえで、
「リスクがあるって言っても、会社が制度として導入するものなんだから、そんなに危ないものではないだろ。だから俺はアクティブ型の一番リスクが高いけど儲かるやつを選ぶ!!」なんて言ってました。何故かその発言のみ鮮明に覚えています。
その人はアクティブ型の新興国の株式100%とかにしたんでしょうかね?(笑)
私が選んだ商品はと言いますと、データを残していないのでハッキリとは覚えていないのですが、
日本、先進国、新興国の株式にある程度分散していました。債権まで入れていたかは覚えていません。
自分では全く分からないので父親に相談して、父親の言われるままに商品と配分を決めました。
父親が「アベノミクスで日本が伸びていくから日本をちょっと多めにするか」なんて言っていたのを覚えているので、おそらくホームカントリーバイアスで日本多めの配分だったのでしょう。
信託報酬等は一切気にしていませんでした(笑)
そりゃそうですよね、分かりませんもん。
そんな感じが、私が29歳の時の投資との初遭遇でした。
しかし、その時点ではまだそれが投資である認識もなければ興味もないので、またしばらくDCの事なんてなかったように記憶から消え、仕事仕事の毎日を過ごしていきます。
とりあえずは当時は、生きている「今」しか見えていないし、それ以外を見ようともしていませんでした。
そして、30代前半から中盤にかけてまた投資に遭遇する出来事があります。
【30代前半・契機編】はまた後日、記事にしますので、ぜひ楽しみにお待ちくださいませ。
最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました。
では、また。